菓葉暦

立春

りっしゅん
2/4〜18頃
立春

和菓子をどうぞ

菓銘『東風 -こち-』
薯蕷練切製|黄味餡

陽光は明るく温かみを増し、張り詰めた寒さがかすかにゆるむ頃。冬の間、晴天続きだった太平洋側でぐずつく日が混じるようになると春のはじまりです。

東洋の五行思想では「春」を象徴する方角は「東」、自然現象は「風」が当てられています。風は一年中吹くものですが、東風は早春、寒さがゆるみはじめる時に起こる風で「はるかぜ」とも読まれます。春風と聞けばやさしく温かい風を思い浮かべますが、実際には寒暖の駆け引きで大気が上下左右に大きくかき混ぜられるため、強い風が吹くのが春の特徴です。

冬のあいだは始終、北西から冷たい風が吹き込みますが、日足が伸びてくると地表に近い大気は温められてふくらみ、ふわりと上空へ昇っていきます。そこに椅子取りゲームのように吹き込んでくるのが東寄りの風です。東風が運ぶあたたかく湿った大気は雨や雪をもたらし天気が崩れやすくなりますが、それも春先は一瞬のこと。高気圧の後押しを受けて北西からの寒風があっという間に降りてくるためすぐに晴れて寒が戻ります。

それが顕著になるのが「春一番」が吹くとき。立春から春分までの間にその年初めて吹く南寄りの大変強い季節風です。東風よりも温かく海の湿気を多く含むため嵐を呼び、落雷や竜巻、漁師の間では船の転覆事故をもたらすとして用心されてきました。

気温が上がるにつれて寒の戻る日は短くなり、4月に入ると風の勢いもしだいに和らいで、やわらかな風がそよぐうららかな日が訪れるようになります。そうした大きな寒暖の変化がわずかにはじまって収束するまでのダイナミックな季節を古の人は春ととらえたのでしょう。

和菓子で東風といえば梅の意匠になるのが一般的。「東風吹かば匂いおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな」太宰府に左遷された菅原道真公が詠んだこの和歌に応えて、京に残してきた梅の木が主の元へと飛んできたという「飛び梅」伝説がありますが、春の突風に乗ってやってきたのでは想像がふくらみます。

立春イラスト

季節のからだ

早春の厳しい冷えから身を守る

春の気が立つ頃、からだの冷えは一段と進みます。気温の低さだけでなく、寒暖差や疲労がその原因です。

暖房が効いた部屋や春めいて気温が上がる日は皮膚の血管がゆるんで血行が良くなりますが、その無防備なまま冷え込んだ廊下や屋外、翌日の寒の戻りで寒気にさらされると体温が奪われてしまいます。それを防ぐためにからだは瞬時に血管を収縮させますが、こうした寒暖に応じた調節を担うのが自律神経です。

コロコロ変わる天候や昼夜、室内外など大きな寒暖差に頻繁にさらされるこの時期は自律神経に負担がかかりエネルギーを消耗します。エネルギーは体温の源、疲れと冷えは連動します。

秋分の頃からの保温対策や冬の十分な休養と栄養補給でエネルギーの温存ができていれば寒暖差に大きく揺さぶられませんが、不足があると反応が遅く鈍くなり冷気の影響をまともに受けることに。からだの内側まで冷えるとますますエネルギーの消耗が進み、始動の春、いざ頑張りたいときにパワー不足に陥ってしまいます。

また、自律神経のはたらきは女性なら40代以降、男性は30代から低下していくため、年々影響を受けやすくなります。体温調節をからだに任せっきりにせず外側から補うことでからだはラクになります。

早春の冷え対策は3つの首を風や外気にさらさないことに加えて、熱が逃げやすい手のひら足の裏を守りましょう。足の裏は目の詰まった厚手の靴下でしっかり守ると足底から上がってくる下半身の冷えが和らぎます。

イチ押しは指無し手袋。室内でも大活躍するアイテムで重ね着と同等あるいはそれ以上の効果があり、晩春の外出時まで長く使えます。上半身の冷えが和らぐので肩まわりのこわばりがマシになります。お風呂上がりにすぐつけて、お布団の中で外すと寝付きやすくなります。冷えが強く夜中に目が覚める方はこの時期は付けたまま寝ると冷えが和らぎ、目が覚めたときに外すともう一度寝付きやすくもなります。(寝汗をかくようになったら外してください。)素材は洗いやすい綿のもので十分です。

最近つい甘いものに手が伸びてしまうならエネルギー不足のサインですが、疲労回復には逆効果。糖質の代謝には疲労回復効果のあるビタミンB群がたくさん使われます。甘いものを控えて食事をしっかり摂る方が元気になりますよ。この時期のおすすめは酒粕。からだの内も外も温め、ビタミンB群など栄養も豊富です。少し水やお酒、みりん、お好みで調味料を加え、軽く温めてクリーム状にしておくと和洋問わず気軽に使えます。

冷えは抵抗力低下や花粉症の悪化にも繋がります。疲れを感じたら温かくして早めに休んでくださいね。

  • 寒暖差と疲れで冷えが進む
  • 手のひら足の裏の保温を念入りに
  • 甘いものより食事で疲労回復

五感をひろげる一句

末黒野すぐろの静寂しじまをやがて破る呼吸いき

末黒野(すぐろの)は早春に枯れ木や枯れ草を焼いた跡が黒く残っている野をいい、芽吹きを促す。黒い焼け野原からもやがて新しい呼吸が生まれる。疫病で傷つく世界の回復を祈って。(季語:末黒野)

作:志田円/「自鳴鐘」同人