穀雨
こくう菓銘 『藤波 -ふじなみ-』
薯蕷きんとん製|丹波大納言小豆粒餡
穀物をうるおし育む百穀春雨が降る頃。温かくやわらかな雨はあらゆる穀物や作物の種や苗を目覚めさせ、土の養分を吸わせて生長を促す慈雨です。
寒さ極まる立春からはじまった寒暖にゆらぐ季節も終わりにさしかかると風が徐々に落ち着いていきます。暖かな雨と土が混じる独特な匂いが立ちのぼる夜、空を見上げれば朧月。冬の煌煌と輝く姿とは対照的に、湿気を含んだ大気に輪郭を潤ませてふくふくと笑っています。山々も恵みの雨をたっぷり吸い込んで瑞々しい青さを湛えはじめています。
一方、夏が近づくと春との別れを名残惜しむような現象も。立春から数えて八十八日目の雑節「八十八夜」には「八十八夜の別れ霜」という言葉があり、この日までは農作物を台無しにする遅霜に注意が必要とされています。遅霜が降りるのは3つの条件が揃ったとき。晩春の風の弱さ、夏近しの晴れ渡る空、そして冬の名残の冷たく乾燥した移動性高気圧と、まさに季節が移ろうサインです。この日を過ぎると気温が安定して農作業が本格的にはじまります。この日摘んだ新茶を飲むと一年息災に暮らせるとも言われています。
初夏の気配がかすかに混じる晩春の趣をあらわすのは藤の花。春の雨をたっぷり吸って鈴なりの花房をつけます。生命力が強く蔓を伸ばして繁殖していく様から長寿や子孫繁栄、連なる花房を稲穂に見立てて豊穣を表すなど縁起物として好まれ、家紋や衣服の文様にも使われています。実際、樹齢千年を超える木もあるそう。水はけが良く保水力もある山の土壌を好み、初夏の山中では野趣あふれる佇まいの自生の藤に出会えます。
朧月に照らされて波打つ藤の花は母なる海のよう。今まさにすくすくと伸びてゆかんとするいのちを抱き、やさしく見守ります。
おなかの調え方は「土」に学ぶ
穀雨の約2日前から初夏を迎える準備期間、春の土用に入っています。東洋医学では春一番の働き者は「肝」。肝臓のはたらきだけでなく自律神経や怒りの感情にも関わり、春の調整役として春先から大活躍してきましたが、そろそろお疲れが出てくる頃です。
その影響は胃腸にも及びます。消化吸収のはたらきは交感神経が優位なときは抑制されるため、ストレスにさらされてつづけていると胃腸が十分に動かないからです。食べものを受けとる胃に影響すれば胃もたれや胸焼け、げっぷ、吐き気や嘔吐が、消化吸収機能に及ぶと食欲不振や倦怠感、腹痛、腹部の張り、おなかのゆるさやむくみなどが生じます。
さらに雨がちな春のお天気もおなかの調子をくずす原因のひとつ。消化吸収力は水気が多いと鈍ります。湿気や水分の摂取量が多すぎると食べものをからだの栄養として使うはたらきが低下したり、むくむと筋力が弱って胃腸の動きを支えにくくなったりします。
東洋医学では胃腸を「土」に例えますが、調え方のヒントはまさに土にあり。
水分摂取はほどほどに。水のやり過ぎや水はけの悪い土地は根を腐らせて土から養分を吸いあげられなくなるように、多すぎるとからだに栄養を行き渡らせる妨げになります。
日本の水気が多い食事と水分を蓄える筋肉がつきにくいからだを考慮すると、飲みものでの摂取は1日1リットル+αが目安です。活動量や季節によって適量は変わりますが、明らかに摂りすぎている場合は少しずつ減らして体調の変化を観察してみてください。口が乾いてつい飲んでしまう方は湿らせる程度に口に含むようにすると全体の量を減らせます。次第に水のめぐりが良くなって乾きは収まります。
食事は胃に入る量ではなく、からだが楽になる量で。肥料を与えすぎると作物が弱るように、どんなに健康的な食事でもおなかの処理能力を超える量はからだを傷めます。食後に眠くならない、胃腸の不快感がない、からだが重だるくない、お通じはすっきり快適、そして疲れが癒えてかろやかに動けるようになる、一言で言えば「からだが元気になる」量が目安です。それこそ食事本来の役割ですね。
十分な睡眠時間もかかせません。同じ土地で同じ作物を続けてつくると生育が悪くなることがあるように、がんばったら休んで回復させる時間が必要です。特に睡眠中は体内を調え、ちからを回復し、排泄の準備をする時間帯。時間が短いと疲れはもちろん、お通じや老廃物、余分な水も残りやすくなります。
おなかは日々の栄養補給を支えるからだの土台。元気にはたらける環境を調えてあげると栄養たっぷりの血液が行き渡って全身元気に。多少の湿度や気圧にもゆらぎにくいからだになります。頭もスッキリしますよ。
- うるおう晩春はおなかの声に耳を傾けて
- 冷からだがかろやかに元気になる量が適量
- 睡眠時間を確保して水はけのよいからだに
両手にて頬を寄せたき春の月
春の夜は大気中の水分が多い。空気は透明度が低くなり、はっきりとは見えない。月も大気中の水分や塵のために輪郭が曖昧になり滲んだように潤んで見える。朧月である。やんわりとした春の満月はそっと手を伸ばし頬を寄せたくなる柔らかさ。(季語:春の月)
作:志田円/「自鳴鐘」同人