啓蟄
けいちつ菓銘 『さわらび』
黄味時雨|よもぎ餡・丹波大納言小豆粒餡
温もりを増す太陽と染みこんだ雨で大地がぬかるみ、冬ごもりしていた虫たちが堅く閉じた戸を啓いて這い出てくる頃。実際に土から虫が出てくるのを目にすることができます。
中国の古典で「裸の虫」と形容される人間たちも温かな気温に誘われてこの頃から活動的になります。日本では卒業や進学準備が本格化する時期。慣れた環境から新たな世界へと一歩踏み出すときを迎えます。
外へと動き出す春を体現するのが早春の野山にいち早く姿をあらわす山菜のひとつ、わらびです。さわらび(早蕨)は若芽を出したばかりのわらびのことで、毎年春先に土から頭をもたげて表れる姿は生命力の強さを表し、縁起の良い古典的な文様のひとつでもあります。「のし」の二文字を続けて書かれた簡易な熨斗はわらびの形に似るため「わらびのし」と呼ばれています。つくしやタンポポ、スミレなどとともに描かれて春の野のにぎわいを映す意匠は見かけると思わず笑みがこぼれます。
和菓子屋さんではこの時期、春のお菓子としてわらび餅が登場します。スーパーでは夏によく見かける手頃なおやつですが、和菓子屋さんの本蕨餅にはわらびの根からわずかに採れる貴重なでん粉、本蕨粉が使われます。色が黒く粘りと風味があるのが特徴で、瑞々しい餡を薄く包んだやわらかな食感や、漆黒を割るとあらわれる春色に染められた餡や小豆の薄紫色の餡が春風のように心をさらっていきます。
ここでは趣向を変えて、地面を割って出てこようとするさわらびの様子を黄身時雨で映しました。黄身時雨は蒸すと自然と割れ目ができるお菓子で、中には春の摘み草、よもぎの餡と、土に見立てた粒餡を包みました。少し温めても美味しいので寒が戻る日にもおすすめです。
春のイライラは使いよう
陽気に誘われて自然と外に出掛けたくなる頃、イライラの虫もつい顔を出しやすくなってきませんか?
年度の変わり目はなにかといつも通りにはいかず気を張って神経が高ぶりやすい時期ですが、イライラしやすい原因はそれだけではありません。東洋医学ではイライラは熱が過剰だったり偏っていたりすると生じやすいと考えますが、暖かくなってくるこの時期は特に熱の偏りが影響します。熱には自然と上に昇っていく性質があり、頭部や上半身にめぐる熱が多くなってくるためです。
それを後押しするのが下半身の冷えやむくみです。下半身の血行が鈍っていると下向きに熱を届けにくくなります。一方、上半身はからだの潤いが不足しやすく、偏る熱を十分に受けとめきれません。イライラや焦燥感、不眠、目の乾燥や充血、口の渇き、鼻炎、赤い吹き出物、頭が張ったような痛みなど乾燥や炎症、興奮が起こりやすくなります。
頭の使いすぎや夜更かしも頭に熱が偏る一因です。気づいたら頭と反対の方向、足や手を使ってみましょう。外出先なら足首をまわし、ひじから先を揉み込んで。寝る前は足のマッサージがおすすめです。足の甲、親指と人差し指の間を足首に向かってなぞると自然と止まるところにある「太衝たいしょう」のツボは気が張っている方はすぐにわかるはず。やさしくさすると気が静まって寝付きがよくなります。足全体、ゆっくりほぐして早めにお休みください。
「腹の虫」といえば怒りと空腹、どちらの例えにもなる言葉ですが、怒りを無理に抑えると暴飲暴食に走ってしまう方は案外多いもの。けれど、からだの真ん中にある胃腸に食べものが詰まっていると上半身と下半身の熱の循環を妨げてしまう一因になります。ストレス発散に辛いものを無性に欲する方は、辛味が乾いたからだに生じた火種を煽るため、気になる症状があるときは控える方が症状の悪化を避けられます。ぐっとこらえるタイプの方は引き締め効果のある酸味がつい欲しくなるでしょう。
怒りは我慢してくすぶらせているとパッと燃え広がって自分自身を傷めてしまいやすいものですが、その容易に抑え込むことができない力強さは現状を打破し何かを成し遂げる原動力にもなります。春のイライラもせっかくなら本当に願う方へと一歩踏み出すエネルギーに変えてみませんか。
闇雲に怒りを振り回してもうまくいきません。何が不満でどうなったら嬉しいのか、そのために自分で変えていけることは何か、それとも「こうあるべきなのに!」という思い込みを変えてみる?など、自分という大切な人の本音にじっくり耳を傾けて本当の気持ちを探ってみたいところです。単純に休養が必要だと気づく日もあると思いますよ。
- 下半身のケアでバランスを取る
- 暴飲暴食は火に油を注ぐだけ
- 怒りは良い変化を起こす原動力にする
春雷の中で眠るは孕むこと
「春雷」は立春以後に鳴る雷。啓蟄の時期は「虫出しの雷」とも呼ばれ、大きな雷鳴が寝ぼけまなこの生き物たちを叩き起こします。私はこれを生き物たちに魂(たま)を込めると感じました。花の蕾は花の魂を、虫や蛇は生類の魂を、春雷の一閃でその身に込められ、人もその中で眠ると春の息吹がその身にかかり、春の魂のようなものが身中に宿ると感じて詠みました。人もいつの間にか春の精気に身も心も漂い出すのです。(季語:春雷)
作:志田円/「自鳴鐘」同人